【今日は何の日】「地球は青かった」 「神はいなかった」『ガガーリンは小さかった』

世界初の有人宇宙船ボストーク1号打上げ(1961年4月12日)

▼ボストーク1号
http://ja.wikipedia.org/

▼世界宇宙飛行の日
http://contents.kids.yahoo.co.jp/today/




『当時の記録によるとガガーリンの身長は158cmであった

・・・ついに世界初の有人宇宙飛行が行われることが決まったとき、パイロットの候補はガガーリンとゲルマン・チトフのどちらかにしぼられた。二人とも訓練結果が優れていただけでなく、身長が高くなかったことが決め手となった。

 

なぜなら、最初期のヴォストーク宇宙船は非常に小さく、大柄な人間が乗ることは困難であったからである。最終選考の結果、選ばれたのはガガーリンだった。この決定は政府の上層部によって行われたが、決め手となったのはガガーリンが労働者階級出身にあることに加え温和で社交的な性格と、「ユーリ」というロシア的な名前、そして労働者階級出身の英雄という点を強調しやすい生い立ちにあった。

なお選考に漏れたゲルマン・チトフは後にガガーリンに継ぐ二番目の宇宙飛行士になっており、自ら機体を操縦し大気圏外で食事をするなどの実験を行い、その様子は記録映像に残されている。



「地球は青かった」

ガガーリンの言葉として有名な「地球は青かった」は、正しくは「地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった」が英語に翻訳される際、「地球は青かった」に変化して広まったという説もある。もっとも、この種の報道は他にもいろいろあり、1961年4月13日の毎日新聞は「12日夜のモスクワ放送が伝えたイズベスチヤ特派員の報告」として「空は非常に暗かったが、地球は薄青色だった」との発言を報道している。 ガガーリンの著書「宇宙への道」にも、地球の描写として 「地球はみずみずしい色調にあふれて美しく、薄青色の円光にかこまれていた」のような記述が見られる。


「神はいなかった」

ガガーリンの地球周回中の言葉として報道され、有名になったものとして「ここに神は見当たらない」というものがある。

他に 「私はまわりを見渡したが、神は見当たらなかった」という表現でもよく引き合いに出されている。

ガガーリンの親友であった宇宙飛行士アレクセイ・レオーノフは著書"Two sides of the moon"(『アポロとソユーズ』、p295)の中でガガーリン自身が好んで語ったアネクドートとして次の話をあげている。おそらく、この中の言葉が彼自身の言葉として一人歩きしているのではないかと思われる。

宇宙から帰還したガガーリンの歓迎パーティにロシア正教のモスクワ総主教アレクシー1世が列席しており、ガガーリンに尋ねた。

総主教「宇宙を飛んでいたとき、神の姿を見ただろうか。」
ガガーリン「見えませんでした。」
総主教「わが息子よ、神の姿が見えなかったことは自分の胸だけに収めておくように。」

しばらくしてフルシチョフがガガーリンに同じことを尋ねた。総主教との約束を思い出したガガーリンはさきほどとは違うことを答えた。

ガガーリン「見えました。」
フルシチョフ「同志よ、神の姿が見えたことは誰にもいわないように。」(レーニン主義は宗教を否定している)』



▼ユーリイ・ガガーリン(Юрий Алексеевич Гагарин, 1934年3月9日 - 1968年3月27日)



▼Youri Gagarine
http://fr.wikipedia.org/



【VIDEO】VIDEO DU JOUR : 1961 : Gagarine, ce pionnier de l’Espace (Ina.fr) (04/12)


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by hiraidenaoya | 2011-04-12 21:43 | 【今日のキニナル】 | Trackback | Comments(0)
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