カテゴリ:■連載( 7 )

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何とか無事に食事を終え・・・冷や汗ものでしたが・・・レストランを出て散歩しながら帰ろうかという事になり二人で仲良く歩き始めました。

オペラ通りをずーっと下ってパレロワイヤル、右に曲がってサントノーレを進み、ヴァンドーム広場を右手に見るころに左手に曲がってリヴォリー通りに出て・・・何とか「道を知らないはね、この人!」と思われないように会話をしながらも頭の中は地図、地図、地図!地図だらけでした。

コンコルド広場に着いた時、あまりの夜景の綺麗さに見惚れてしまいました。正面には凱旋門、その左手のほうにはエッフェル塔、右手にマドレーヌ寺院、左手にはパレ・ブルボン・・・すべて闇の中に綺麗にライト・アップされて浮き上がっています。こんなの見たら気障な言葉も自然に出てきますよね!日本語だったらとても恥ずかしくて言えないような言葉やフレーズがすらすらと(本人の思い込みかもですが・・こればかりは彼女に聞いてみないとねぇ~)驚くように出てきました。雰囲気最高!とんでもない距離を歩いているのにもかかわらず全然疲れも感じず・・ああ恋は何て素晴らしいんでしょうか!!(ひょっとして彼女は疲れ果てていたのかもしれませんが・・・)

しばらく夜景に見惚れた後、賑やかなシャンゼリゼを凱旋門までいっきに登りつめました。

これからが勝負です・・・凱旋門についたらほとんどウチ。

ここで、「君は何処に住んでいるの?」(食事の時はこの話題には全然ふれませんでした。)と言って「あら!もうこんな時間!!帰らなくちゃ!」と言われても困るし・・・かといって、僕は間借りの身。マダムたちがまだ起きてたらまずいし・・・。
悩んで一瞬立ち止まった時に、何かを感じとったかのように彼女が「あそこのテラスでお酒でも飲まない?」と提案してくれました。

・・・彼女が「もう帰るわ!」と言わなかった事にほっとし、内心「脈あり脈あり!」と舞い上がってました。

昼間のサービスのギャルソンは既にいなくてほっとしながらコニャクのグラスを手の中でまわしました。JAZZバーで生演奏を聴きながらゆっくり飲むコニャックも最高ですが・・・オープンキャフェでこの先がどんな展開になるのか期待しながらコニャックの香りを楽しむのもなかなか悪くありませんでした。前にも書きましたが、この時代(1970年代)、女性を夕食に誘ってOKだったらその後もほとんど問題なしという暗黙の中の了解みたいな事を聞いていましたのでもうすっかり頭の中は真っ白で彼女が話している半分くらいしか聞いてませんでした。

夜もすっかり更け、もうこの時間なら誰も起きていないだろうと確信し、彼女には間借りの身である事を説明し、やっと二人でウチにたどり着きました。

・・・・続く
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母親に口から生まれた男とずーっと言われていましたので,言葉は違えど全然問題なし。間違っていようがなかろうがとにかく喋りつづけていたみたいです。

時間を忘れた楽しいひと時もやはりいい(意味でも悪い意味でも)終わりというものがありそろそろ日が暮れて・・・

さて、夕食に誘うかどうか・・・この時代は相手(女性)が夕食の誘いをOKしたら全てがOKという暗黙の中の了解みたいなものが存在していましたので・・・ちょっと考えましたが、普通にすんなり誘っていました。別に下心がなかったのですんなり誘えたのでしょう。

答えはOKでした。

ほとんど外食をしていなかったので焦りましたがオペラ界隈まで出かけビストロで食事を。
日本での外食の経験しかないのでどんなものか、何をどう頼んでどのように食べ・・・これはいろいろな情報を持たずに日本をとび出した人間にしか分からないことだと思いますが・・・冷や汗ものでした。食事どころではなく・・しかも喋らないといけないし。

ここでいろいろ考えたのですが・・・フランスで女性の機嫌をとるということは並大抵なことではないと。この感覚に慣れた今、振り返ってみると面白いです。とにかく喋らなくてはいけないが相手の話も真剣に聞かなくてはいけない・・ところがその話はかなりすっ飛ぶ。すっ飛んだ先をも理解していないと全くついていけない。
この感覚に慣れたと書いたのはけしてエキスパートになったという意味ではありません。単純に無視できるようになったという意味です。
とにかく沈黙は退屈と思っているらしく・・・何かを絶えず話さなければいけないような雰囲気が必ず付きまといます。
これは無口な日本人の男性には耐えられないだろうなぁと思います。エネルギーも相当消耗します。女性も男性もビックリするぐらい食べるのを当時見たとき一人で納得しました。たくさん食べておかないと喋りながらエネルギー切れで死んでしまうと・・・

公共の場面で・・・
ドアを持って次に来る人を待つ。知人・他人に限らずエレベーターの乗り降り、出入り口(お店、レストラン)で女性に先を譲る。これは若いうちに体得しないとかなりぎこちないものになるみたいです。
キャフェやレストランでの店の人とのやりとり・・・
キャフェではそれほど考えなくとも座る位置(窓がわに誰が座り店内を見渡せるほうに誰が座り・・・)くらいを考慮に入れるくらいですみますが、レストランとなるとこれは男性の仕事がいっぱい!!

レストランに入る時はまず男性が先。
席に通されるまでの会話・・・
高級にになればなるほどこの会話が大切になってきますが、予約をしたかどうか何人か(普通ここでだいたい゛お食事ですか?“と訊かれますが・・あたりまえだろうバカ!ゴルフをしにきたんじゃないぜ!何て絶対に毒舌をはいてはいけません。)。
まぁこの段階できちんと応答が出来ればかなりいい席がもらえるでしょうがどんなに綺麗な格好をしていても予約をしていても(席だけは確保しておいてくれますが・・・)この時点での会話が決め手になりますので、英語でしかもたどたどしかったら厨房の出入り口かトイレの脇に案内される確立は大です。女性同士だけの場合もかなり軽く扱われますのでなるべく男性一人でもいいですからエスコートを特に夕食の場合は連れて行きたいものです。しかも20時以降。(19時にいったら完全に観光客とみなされフランス語をたくみに操ってもダメです)

席につき・・・
今度はソムリエと会談(快談)。この段階でけして知ったかぶってはなりません。とんでもない売れ残りのビネガー寸前ワインが運ばれてくることになりかねませんから・・・
自分の好みをはっきり伝え、これから食べるモノを伝えさらに謙遜しながら、自分はワインをあまり詳しく知らないが大好きで、ボルドーならメドックよりペサック・レオニオンが好きで・・・(ここで絶対に言ってはいけないのがワインの固有名詞。たとえば私は1945年のペトルウスを先日飲みました・・とかイケムの1960年はまだウチにあります。これ嫌われるだけです!またはそのヘンのスーパーで売ってる超メジャーなボルドーワインかパリの中華でよく出されてるコート・ドゥ・ローヌの名前を出してこのようなワインが好きです。は絶対にダメ!・・・前菜にこれ、メインには魚ですが赤が飲みたいのですが・・・なんて尋ねると本当親切にいいワイン(高くなく美味しいもの)を出してくれます。

こんな儀式をやりながらしかも女性を笑わさせる(これはフランスにおいてはもっとも大切なことのひとつみたいです。)、そして食事をしながら彼女のグラスにワインを注ぎ(高級レストランであればソムリエが全部やってくれますが・・・)・・・これぜんぶやってたら食事のあと一週間は寝込むでしょう?

こんな感じで・・・若い頃から体感できない場合は並大抵ではない努力を強いられるわけです。まぁ後は完全にレッド・サン(古い!!アラン・ドロン、チャールズ・ブロンソン、三船敏郎)の侍みたいに完全に古い化石の日本人を演じれば問題ないかもしれませんが・・・皆が三船さんみたいな迫力と美貌の持ち主ではないので努力するしかないでしょう。もしフランス人の女性にもてたかったら・・・・

続く・・・
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何とかマダムに頼まれた大事な用事も済ませて安心した頃・・・ 

夜中にアパートのドアが開く音がしました。
・・あっ、ひょとして・・マドムワゼル?・・ほとんど午前1時なので明日の朝挨拶をと思いどきどきしながら眠りにつきました。(興奮してほとんど眠れませんでしたが・・・)

いよいよ朝です・・・

キッチンでコーヒーをと思い眠気眼で・・きゃ!おや?誰?男?
目をこすりながら・・「ボ、ボン、ボンジュール!ムッシュ!」
・・・・冷蔵庫のドアを開けっ放しで朝からビールの1リットル瓶をラッパ飲みしている人・・・男じゃなかったんです。マドムワゼルでした。

彼女は前歯の抜けた大きな口についた泡を片手で拭いながらもう一方の手で握手を求めてきました。(人生で・・まだこのときは18歳でしたが・・こんなに驚いたことはありませんでした。)

「あなたがムッシュ・イライドですね?マモンから話は聞いてるわ。何か困ったことがあったら何でもいってね!この家の大工仕事は全部私がやってんのよ!」(そうでしょう、そうでしょう、その飲みっぷり、、、しかも朝の8時から・・・あとで分かったのですが、彼女はアル中だったんです。)

1週間の夢は・・・瞬間にして音を立てて消え去りました。(かなり凄まじい音でしたよ、、、)

サロンにあったたくさんのJAZZレコード。
・・・コルトレーン、エリントン、エラ、ビルエヴァンス、マイルス、ピーターソン・・・趣味も合うし・・僕のフランス生活は彼女と。。。。いやぁ~彼女はきっと太っ腹の気持ちのいい女性なんだろうと自分に言い聞かせました。

その後、毎朝キッチンで挨拶を交わす以外はマドムワゼルとは全然顔をあわせず・・・1週間後にマダムたちが戻ってきました。

毎日、学校へ行かない代わりに朝から独学。お昼を食べてからまた勉強。このパターンにかなり飽きてきた頃でした・・・
気分転換に散歩をしていた時、ある若い女性に声をかけられました。

「あなた東洋人?」
「ウイ!」
「東洋に興味があるの私。一緒にお茶しない?」
・・・一瞬????と思いましたが・・気が付いたときは既にキャフェのテラスに二人で座っていました。(とてもキュートでスタイルも抜群!・・・)

まさかこの彼女が僕のフランス生活を大きく変えるとは思いもよりませんでした。

続く・・・
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毎日、日が延びていき、20時過ぎでも明るいパリを初めて実感。3月に着いた時となんと違うんでしょう!雪が薄っすらと屋根に残っていたパリ・・・・

何気に家の中がザワザワと落ち着かない雰囲気。

毎回僕はマダムに「これはフランス語でなんと言うんです?」と言いうフレーズを覚えて、機会がある度に尋ねてましたが、、、何となくマダムが面倒くさそうな顔をしてます。もちろん笑顔は絶やさないのですが・・・
小心者の僕としては・・嫌われてしまったのかしらん?とかまずい事を言ってしまったのかしらん?とか・・・・

そんな心配をしている中、玄関にスーツ・ケースやいろいろな荷物の山が出来上がりました。
(何だこれ?・・)って思っている後ろからマダムが・・・

「ムッシュ・イライドゥ!あなたにお願いがあるの!!」
「????」(まだなんと答えたら言いか分かりませんでしたのでタダ無言・・・)
「私達は明日からヴァカンスに出ます!その間、この家をちゃんと管理して下さいね!電話もとって!あさってはムッシュ・MM、その午後はマダム・TTが荷物をとりに来るのでココにおくわ・・・・」

(ひぇ~で、で、電話?!今までボディーランゲージで何とかやってきたのに・・・プラス知らない人に大事な荷物を渡さなければ!)

いきなりの大役で途方にくれている僕を察してか・・・・

「大丈夫よ!1週間したら私の娘がブルターニュから戻ってくるから。彼女はとっても親切で頼りになるわ!」(未だ見ずの噂のマドムワゼル!)
※注:この辺もまだまだ僕の想像が半分以上占めていてかなり勝手に解釈していたと思いますが・・・・

うぉ~!!マドムワゼル!!!しかもこんな広いアパートで二人っきり!!大丈夫!何かあったら僕が君のことを守るぜ。ベイビー!!

もぅ不安は消え去り1週間後が待ち遠しくて待ち遠しくて・・・・

「ボン・ヴォワヤージュ!ボン・ヴァカンス!」(良いご旅行を!良いヴァカンスを!!・・・昨晩一生懸命覚えたフレーズ。BとVの区別もつかないまま、、、。何とか通じてほっ・・・)

マダムとムッシュにお別れの挨拶をしてドアを閉めました。

      
続く・・・
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やはり、言葉は勝手に理解してはいけないなぁ~、もっと言いたいことが言えたらなぁ~と真剣に思い、とにかく毎日8時間、フランス語独学が始まりました。
陽気もよくなり梅雨のないからっとしたパリの6月のある日・・・
ムッシュがいきなり僕の部屋のドアをノックしたかと思いきや入ってきて、
「ムッシュ・イライドゥ!ちょっと私といらっしゃい!」といきなり手をひっぱられ・・・外へ連れ出されました。
「あなたはもうかれこれ1ヶ月も部屋に閉じこもって勉強している。こんなに天気がいいんだから外に出て彼女でもお探し!」といいながらキオスク(街頭の本屋)でミシュランのガイドブックを買ってくれました。

そうだよなぁ~もともと努力(女の又に力と書く・・・・こんなことを書くとひんしゅくものですが・・・どうして?)という言葉が僕には欠落というより大嫌いなことを思い出します。

ある晴れた日曜日の午後、ガイドブックを片手にブローニュの森に読書に出かけました。アパートから歩いて30分くらいでしょうか・・・大きな池の芝生に腰を下ろして楽しそうに泳いでいる鴨の親子を眺めながら読書&日向ぼっこに興じました。
突然女性の声がして・・・
「REX戻ってらっしゃい!早く戻ってらっしゃい!」

どうしたんだろうと思って、本を閉じ池を眺めると・・・

犬が鴨の親子の後を追っかけながら泳いでいるではありませんか。池の周りの人たちは大笑いというか大喜び!
飼主は真っ赤な顔をして怒りながら「早くかえってらっしゃい!REX」を連呼。
・ ・・・こっちの犬に人間のように話しっけているマダムに感心。実際自分たちの犬や子猫はたまたうさぎを彼とか彼女とか呼びますから・・・
「昨日、彼女は調子が悪くて・・大変だったのよ・・・」
「あらお嬢さん病気で?」
「いえ、ウチの花子よ」
って具合でウチの犬とかウチの猫とか言わず、彼・彼女または名前を言います・・・
何度呼ばれても戻ってこないREX君。ギャギャ泣きわめくマダム・・・じゃなくて鴨たち!マダムはもう必死で声もかれてきます。
と突然・・・マダムが靴を脱いだかと思うと池に!!
見ている観客はもうたまりません。皆お腹を抱えて笑いこけています。
マダムはREXの後を、REXは鴨の後を、鴨の親子は必死でがなっています!!想像してみてくださいな!このシーン。

やっとの思いで首輪を引きずられて出てきたREX君とびしょびしょのマダムに拍手喝采!最高のスペクタクルでした。


続く・・・
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「あなたは全然授業に出ていないけれど・・・この寄宿舎は授業に出てない人には住まわせるわけにはいけません!!」
「・・・・・」
「明日から授業に出ますか?
「????」
・・・この校長は昔ミス・フランス選ばれたと聞いた初老の女性。当時の面影は全然残してなかったけど・・・。

たまに出席した授業で隣にわざと座るアルゼンチンの少女が当時は凄くウットウしくて・・今考えると非常に残念なことをしたと思いますが。・・・毎日のようにリュクサンブルグ公園で日向ぼっこ。
しかしこんなことをしていても始まらないしと思い立ち、結局寄宿舎を出る決意をしてアリアンスの掲示板で住むところを探しました。

幸運にも予算ピッタリのフランス人家庭の間借しの物件を見つけ早速見に行きました。後でわかった話なんですが・・・・この間借りの部屋はかなりの競争率だったらしいのですが多くの人が場所を見つけられなかったらしいのです。実はこのアパートがある通りは真中に鉄道が走っていて道の名前が北と南と記されていたのです。ほとんどの人は南に行ってしまったみたいで・・・。
僕は動物的本能でこちらと決めて北側にたまたまあ行ったら一番乗りだったみたいで直ぐに決めてしまいました。

ここで何故僕がフランスに住もうと思わせる出来事が起こりました。

今まで日本では母親が全部してくれていたので、料理なんてオニオンも剥いた事も一度もなく、自分で洗濯をしたこともなかったわけで・・・とりあえず何とかして洗濯をして洗濯物をキッチン(このシステムは当時は非常に多かったのですが、キッチンの天井に洗濯干しが吊るしてあってロープで降ろしたり上げたり調節が出来る仕組みになっているのです。天井が4メートル近くもあるので干す時は降ろして、あとは邪魔になるので上にあげ・・・・料理のニオイが洗濯物にしみ込まないのかなぁと心配しましが・・。)にある日干しておいた靴下が数足ないではありませんか????どこに行ってしまったのって悩んでいる矢先にマダムが僕のことを呼びました。

「ムッシュ!お茶をいれたから一緒に飲みましょう!」
「喜んで!」(本人そう言ったつもりですが・・・はたして本当に通じているかは定かでありませんでしたが。)

サロンに行くと・・・・

お茶の横に丁寧にたたんだ靴下が置いてあり,マダムが身振りで・・・・
「穴があいてたのは縫って、汚れていたのはもう一度洗ったわよ!」って。
もう絶句。恥ずかしいやら嬉しいやらなんと言っていいのか分からずとにかくメルシーの連発をしました。
しかもその洗濯物の横にハヤシ・カレーのインスタント・ルーの箱が!
マダムがまた身振りで・・・(けっこう自分の都合のいいように頭の中で翻訳してしまってますが。)
「あそこにある大丸の食品コーナーで何が簡単に出来ますかって聞いてこれを勧められたので・・・・」(当時大丸はポルト・マイヨーにありました。もう店じまいしましたが。)
「日本を離れてもう1ヵ月半も経つから日本食が恋しいでしょ!」
これまた絶句でした。

続く・・・(何時になるかは・・・)
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僕がフランスに来たのは1975年3月14日・・・

もうかれこれ30年なんだぁと思ったらぞっとする。この間、日本帰国は2回。一回目は4週間弱、二回目は7ヶ月日本に滞在。

エスカレーター式に行く大学が気に入らず、JAZZをもっと勉強したくてニューヨークに行きたかったのだが、その当時ドルはかなり高く・・・次の候補であったフランスに3ヶ月下見ということで日本を出発。フランも当然高く、その時で1万円が140フラン!1フランが70円・・・・

右も左も分からないまま、たどり着いたのがアリアンス・フランスセーズの寄宿舎。両親が心配して,とにかく泊まる所だけでも確保しておいてやろうという事で日本から入学・入舎手配をしたわけです。全くフランス語なんか分からない・・・ちんぷんかんぷんで・・・自分の部屋の鍵を貰うことから始まりました。初日はたった一人の知人が助けてくれて何とかかんとか・・・。翌日からはもうたったのひとり。一晩中、数と挨拶を勉強!

管理人はスペイン人で発音が今思うとひどく訛っていたみたいで、、、なかなか慣れるまでに大変だったことを思い出します。

まぁ何とか1ヶ月が経った頃、アリアンスの校長に呼び出されます。
「ムッシュ・イライドゥ!!」(イライドゥは僕の名前・・ヒライデです。)

続く・・・・(かも?)
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