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今日の午後救世主が現れて・・・

ソファーを引き取ってくれることになりました。救世主は日仏友達カップルでボルドーでいちばん有名な録音スタジオのオーナー。
夜9時に皆で何とかアパートから降ろし、車に乗っけて録音スタジオに運び込みました。重かったぁ~!!!

問題は白い家具です・・・

メキシコの郵便ポストが増えました!!
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(※この写真は記事とは関係ありません。)

2003年猛暑の年でした・・・

ボルドーワインにとっては最高の当たり年になりそうです。
既に世界各国からの注文が殺到!近来稀に見る注文数に嬉しい悲鳴をあげているとのこと・・・アメリカ人ワイン評論家パーカー氏も絶賛のようでアメリカ市場も3年ぶりに好調。

まぁ市場に出回るのは早くても1年後(今回はその前に売り切れそうですが)・・・現在樽の中でゆっくり眠っております。
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最近やたら目に付くのがこれ・・・

ウチのまわりだけで3件もある。主流はDVD。まぁこれでは映画界は不況だろうなぁと納得。食品・タバコの自販機は全然無いのに・・・
最近のPCはほとんどDVDレコーダーがついているのでほとんどの人はPCで観ているみたいで、、、ホームシアターを使っている人はそれほどでもないみたいだがそれでもこのDVDの普及には目を見張るものがある。そのほかとしてはデジカメ?それとBLOG!(これもいすごい!一度ココをクリックしてみて!)

こちらはフランス最大級のPC機器販売店SURCOUFのサイト。
第1話からお読みくださいな!

「あなたは全然授業に出ていないけれど・・・この寄宿舎は授業に出てない人には住まわせるわけにはいけません!!」
「・・・・・」
「明日から授業に出ますか?
「????」
・・・この校長は昔ミス・フランス選ばれたと聞いた初老の女性。当時の面影は全然残してなかったけど・・・。

たまに出席した授業で隣にわざと座るアルゼンチンの少女が当時は凄くウットウしくて・・今考えると非常に残念なことをしたと思いますが。・・・毎日のようにリュクサンブルグ公園で日向ぼっこ。
しかしこんなことをしていても始まらないしと思い立ち、結局寄宿舎を出る決意をしてアリアンスの掲示板で住むところを探しました。

幸運にも予算ピッタリのフランス人家庭の間借しの物件を見つけ早速見に行きました。後でわかった話なんですが・・・・この間借りの部屋はかなりの競争率だったらしいのですが多くの人が場所を見つけられなかったらしいのです。実はこのアパートがある通りは真中に鉄道が走っていて道の名前が北と南と記されていたのです。ほとんどの人は南に行ってしまったみたいで・・・。
僕は動物的本能でこちらと決めて北側にたまたまあ行ったら一番乗りだったみたいで直ぐに決めてしまいました。

ここで何故僕がフランスに住もうと思わせる出来事が起こりました。

今まで日本では母親が全部してくれていたので、料理なんてオニオンも剥いた事も一度もなく、自分で洗濯をしたこともなかったわけで・・・とりあえず何とかして洗濯をして洗濯物をキッチン(このシステムは当時は非常に多かったのですが、キッチンの天井に洗濯干しが吊るしてあってロープで降ろしたり上げたり調節が出来る仕組みになっているのです。天井が4メートル近くもあるので干す時は降ろして、あとは邪魔になるので上にあげ・・・・料理のニオイが洗濯物にしみ込まないのかなぁと心配しましが・・。)にある日干しておいた靴下が数足ないではありませんか????どこに行ってしまったのって悩んでいる矢先にマダムが僕のことを呼びました。

「ムッシュ!お茶をいれたから一緒に飲みましょう!」
「喜んで!」(本人そう言ったつもりですが・・・はたして本当に通じているかは定かでありませんでしたが。)

サロンに行くと・・・・

お茶の横に丁寧にたたんだ靴下が置いてあり,マダムが身振りで・・・・
「穴があいてたのは縫って、汚れていたのはもう一度洗ったわよ!」って。
もう絶句。恥ずかしいやら嬉しいやらなんと言っていいのか分からずとにかくメルシーの連発をしました。
しかもその洗濯物の横にハヤシ・カレーのインスタント・ルーの箱が!
マダムがまた身振りで・・・(けっこう自分の都合のいいように頭の中で翻訳してしまってますが。)
「あそこにある大丸の食品コーナーで何が簡単に出来ますかって聞いてこれを勧められたので・・・・」(当時大丸はポルト・マイヨーにありました。もう店じまいしましたが。)
「日本を離れてもう1ヵ月半も経つから日本食が恋しいでしょ!」
これまた絶句でした。

続く・・・(何時になるかは・・・)
地図の紫色の部分をクリックしてみて!・・・

リュクサンブルグ公園の周り3月~11月まで、他の地区は1年中祝祭日の10時~18時(地区によって異なります)の間、車はシャットアウト!
歩行者、ローラーブレード、自転車に開放されます。

あなたもパリで車の騒音に邪魔されず、いい空気を吸いながらのプロムナードはいかがですか?
大変です!!!・・・・

ボルドーの友達が急きょ引越しを迫られとても大切な可愛い家具たちとお別れをしなければいけません。
どこでもドアがあったらいいのに・・・あと1週間で出なければいけないのにこの家具たちを引き取ってくれる人が見つかりません。
僕はとてもこの家具を気に入ってますがウチにはもうスペースがありません。

この可愛い家具たちは道路に放り出されてしまうのでしょうか?あまりにもじかんがありません。僕も知り合い全員に声をかけていますが・・・あまりにも急に起こった話なので・・・・

ソファー
家具
ここからフランスのちょと変わったポストとカナダのポストがここからスペインのポストが、ここからバスク(スペイン側)の郵便ポストが見られます。
ここからスペインのライオンのポストが見られます。
ボルドーの街中の郵便車



下記のかたがたから情報をいただきました・・・・(順不同・敬称略)

京都・哲学の道案内 Philosopher's Walk in Kyoto
* ばっくすてーじ *
C's blog
C's blog
紐育日記
『なりたい自分探し』の旅
nice box
しっぽりミラノ
台湾マンゴーの気持ち
台湾マンゴーの気持ち
* ばっくすてーじ *
ウルグアイ四方山話
うちのニュージーランド生活!
紐育日記・US郵便車
C's blog・ 青い稲妻
うちのニュージーランド生活! 配達のバイク発見!
いにしえポスト* ばっくすてーじ *
メキシコの郵便ポストaircooled
aircooled
タイの郵便ポストcloudless sky
モナコの郵便ポスト しっぽりミラノ
パリの新しい郵便ポスト
高松駅前那須与一像の郵便ポストをjyoh75 さんからお借りしました!
ROMANIA~PELICAN NOTEルーマニアの郵便ポスト
ウルグアイの郵便局
kayoのデジカメ北欧の旅デンマークの赤いポスト
スウェーデンのポ・ス・トTrettiotre Films
紐育日記・フランスの郵便列車NYのsnowさんがフランス滞在中に撮ってくれたSNCF郵便列車です。
ニューヨークで移動式郵便局(見た目はただの郵便車)と一般人が手紙を入れれない謎のポスト(でも落書きがニューヨークしてる)の写真をaircooledさんが命がけで撮ってくれました!
大英博物館前の郵便ポスト散歩道の cubthe3rd さん。
ウルグアイの郵便車
在北京 zai Beijingのtabisuru さんの北京のポストの写真です!!
宇柳貝四方山話 のbruja52さんのご両親がポルトガル旅行に行かれたときの青いポストの写真です!!


もっともっと世界の郵便ポスト&郵便車が見たいです!!ご協力してくださる方はこちらからトラックバックをお願いします!!
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ボルドーの自由の女神像です・・・

「2001年9月11日米国を襲撃したテロによって被害を受けた方々に追悼の念を捧げる」と新しく台座に記されてました・・・


※自由の女神とボルドーの街並み
僕がフランスに来たのは1975年3月14日・・・

もうかれこれ30年なんだぁと思ったらぞっとする。この間、日本帰国は2回。一回目は4週間弱、二回目は7ヶ月日本に滞在。

エスカレーター式に行く大学が気に入らず、JAZZをもっと勉強したくてニューヨークに行きたかったのだが、その当時ドルはかなり高く・・・次の候補であったフランスに3ヶ月下見ということで日本を出発。フランも当然高く、その時で1万円が140フラン!1フランが70円・・・・

右も左も分からないまま、たどり着いたのがアリアンス・フランスセーズの寄宿舎。両親が心配して,とにかく泊まる所だけでも確保しておいてやろうという事で日本から入学・入舎手配をしたわけです。全くフランス語なんか分からない・・・ちんぷんかんぷんで・・・自分の部屋の鍵を貰うことから始まりました。初日はたった一人の知人が助けてくれて何とかかんとか・・・。翌日からはもうたったのひとり。一晩中、数と挨拶を勉強!

管理人はスペイン人で発音が今思うとひどく訛っていたみたいで、、、なかなか慣れるまでに大変だったことを思い出します。

まぁ何とか1ヶ月が経った頃、アリアンスの校長に呼び出されます。
「ムッシュ・イライドゥ!!」(イライドゥは僕の名前・・ヒライデです。)

続く・・・・(かも?)
a0008105_61057.jpg昼間の気温も13℃以上上がらず・・・

夜は6℃!しかも冷たい雨が降ったりやんだり・・・

ニュースもイラクのアメリカ軍のイラク囚人に対してのとんでもない扱い方を悲惨な映像と共に伝えています。

まだまだイラク復興は程遠いんですね・・・第二、第三のアリ君が・・・出ないといいのですが。それどころじゃないですね・・・もっと悲惨なんでしょうね事実は。

事実がだんだん伝わらなくなってきているのが危険です・・・

現在僕に出来ることは・・・何とか少しでも多くの人が忘れ去らずにこの問題を話すようにこうして書くことしかないのでしょうか?
恥ずかしい限りです。何も出来ない自分が・・・。